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Column 13 : 格闘家だった僕が演出家の道を選んだ理由〜演出家 つかこうへいとの出会い
            

 

僕は元々、格闘家だったんです。

でも、10年間続けて、20歳の時に止めたんですよ。

この世界で、日本一になるのは難しいなと思ったから…。

 

そして、そんな暗中模索していた頃に、演出家・つかこうへいさんに出会ったんです。

今から30年ほど前の話です。

 

つかさんは当時、演劇界で一大ブームを巻き起こしていました。舞台だけじゃなく、映画「蒲田行進曲」の脚本なんかも手掛けていましたからね。チケットなんて全く取れない、まさに全盛期だったんです。でも、たまたま、ほんとたまたま知人が譲ってくれたチケットで、僕は彼の舞台を観たんです。

 

ぶっ飛びました…。

 

その熱さとエネルギーに。

そして、それが僕のすべての出会いです。

 

「この芝居を作り上げたのは誰なんだ!?」

 

衝撃を受けた僕は、その後すぐ舞台の演出を手掛けた“つかこうへい”という人物にについて調べました。ちょうど観劇したのが新宿の紀伊国屋ホールだったので、そのまま紀伊国屋書店へ行って、ずらっと並んだ彼に関する本を探して読みました。

“演出家って何だろう?”そんな次元だった。でも、僕は思ったんです。

 

「俺も演出家になりたい!」

 

当時の「つかこうへいさん劇団」には、風間杜夫さんや平田満さん、根岸季衣さんなど、素晴らしい役者さんも沢山いらっしゃいました。でも、僕は演出家になりたいと思った。

 

そして、すぐにつかさんの事務所に電話をしました。当時はインターネットなんてなかったから、“マスコミ電話帳”っていうので調べてね。

 

「つかさんの弟子にして下さい!」

 

でも「君みたいに勘違いしている人は沢山いるんだよ」と言われ、丁重にお断りされましたけどね(笑)。

 

その後も片っぱしから電話していたら、ある演出家が「君面白いね」って言ってくれたんです。「明日来れるか?」って聞かれて、翌日稽古場へ行きました。

それが、この業界に入るきっかけでした。今の仕事に導いてくれたきっかけですね。

 

その演出家は舞台だけでなく、TVドラマや映画の監督もしていたので、「演出家になりたいなら、演技も覚えろ!」って、僕を役者としても起用してくれました。だから、役者経験もあります。もちろん、弟子ですから、犬の散歩や車磨きなんかもやりましたけどね(笑)。

 

その頃は月々5万円の小遣いをもらって生活していました。3年間ほど、先生について勉強しながら、稽古場に寝泊まりしてましたよ。懐かしいな…。

 

 

いま改めて“演出家になったきっかけ”を聞かれたら…なんて答えるかな。

いや、きっかけ云々とかじゃない。

 

誤解を恐れず言わせて頂くとしたら、つかこうへいの熱とエネルギー、感性を鋭敏にとらえられる感性が僕にあったからこそ、僕はこの世界に飛び込めたのだと思います。

 

僕が鈍感であったら、「ああ、面白いな」で終っていたと思う。

本物を見極められる感性(感受性)って、

生きていく上でとても大切なんだと改めて思います。

 

私たちは、どこまでも「目に見える効果」にこだわっていきます。

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