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Column 39:人の命をも変えるぐらいの、そんな創作がしたい!
       

 

最初は、つかこうへいの弟子になりたかったんです。

つかこうへいって、一体何者なんだと思って。

 

それで本屋に行ったら、マスコミ電話帳っていうのがあった。

 

今とは時代が違うので、事務所のマネージャーの電話番号とか、個人の電話番号とか、普通に出ていたんですよ。

それですぐ、その場で電話したんですね。「ちょっと弟子になりたいんですけど」って。

 

すると事務所の人に、「君みたいな勘違いしている人、いっぱいいるんだよね」って、言われちゃいました。(笑い)

 

それで、片っ端からマスコミ電話帳で電話したんです。

その中で、「お前、おもしれえな」って、拾ってくれた人がいたんで、弟子入りしたんですよ。

 

その先生は、舞台の演出家でありながら、映像の監督もやる人でした。

 

その人に2年半ついて、丁稚奉公をやったのがこの世界でのスタートです。

20歳から23歳になるぐらいまでの間が、僕の訓練期間で。

 

その人は商業演劇をやったり、テレビドラマを撮ったり、小さい映画を撮ったりで、いろんなものを見させてもらいました。ずっと横で助手についてるわけですから。

 

人間的にはちょっと変わった人で大変でしたけど、その間はその人についていった。

 

僕は、その先生の出演の作に、役者としても参加しています。

「演出家になりたいんだったら、まず役者の勉強をしろ」って言われたんですね。

 

僕はその先生が教える、俳優塾≠ンたいなのに行って、一から教わったりもしました。

最後の1年間ぐらいは、僕が生徒に教えてましたかね。

  

映像の世界に入りたいと思っていたわけじゃないですけど、その人に」おまえは、映像やれ」って言われて。

もっと正直にいうと「役者やれ」って。それは断りました。

 

この頃の僕は、人の命をも変えるぐらいの、そんな創作ができるようになりたいって思っていましたからね。

そのためには、映像とか、芝居とか、ジャンルはどうでもよかったんですよ。

 

何か、それで今までの人生がつながった感じがしたんです。

 

思えば、僕は人より本を読んでいました。武道をやってる以外は家で本を読んでるんです。

または名画座とかで映画を見てるっていう、ちょっと変わった人間だったんですね。

 

音楽に関してもマニアックで、中学生からジャズとか聞いてるような人間でしたから。

 

でも、「お前には、持って生まれた芸術的なセンスがある」と先生によく言われました。

自分では全く単なる格闘バカだと思ってたんですけどね。視野が狭いと、自分の可能性なんて全く見えないものです。

 

実は、本をよく読んだ理由っていうのは、自分のモチベーションを高めるためなんですよ。

やりたくない練習、苦しい練習を乗り切るためです。

 

だから、なるべく大河の思想に立てるような本を好んで読んでいました。

吉川英治さんの『三国志』だとか、『宮本武蔵』だとか、ほんともう何十回繰り返して読んだか分からないくらいです。

 

そしてそういう小説が読めるようになると、

『レ・ミゼラブル』や『戦争と平和』みたいな、みんながギブアップするような本も、すらーっと速読で読めるようになっていたんです。

そういう素養を、先生はきっと、見抜いてらっしゃったんじゃないかと思います。

 

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